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富山家庭裁判所高岡支部 昭和50年(家)368号 審判

申立人 佐々木義治(仮名)

相手方 富山県新湊市長

利害関係人 国

主文

本件不服の申立を却下する。

理由

第1市町村長の処分の存在

記録中の昭和五〇年七月二六日付申立人作成富山県新湊市長宛の戸籍閲覧および謄本交付請求書写、昭和五〇年八月一一日付新湊市市民課長作成申立人宛の回答書写によれば、申立人は昭和五〇年七月二六日頃富山県新湊市長に対し戸籍法第一〇条に基づき別紙第一目録記載の戸籍の閲覧および謄本交付請求をしたところ、新湊市長は同年八月一一日頃上記戸籍が既に廃棄されていることを理由に上記請求を拒否する処分をしたことが認められる。

第2申立人の不服申立

申立人は、戸籍法第一一八条に基づき、上記拒否処分の是正を求めて本件不服申立に及んだものであり、具体的是正措置として

(1)  新湊市長は、その管掌にかかる別紙第二目録記載の壬申戸籍につき昭和四四年七月一〇日なした廃棄処分が無効であること、および上記戸籍の公籍効力が現在なお存続することを確認し、上記処分を取消し上記戸籍を再製せよ。

(2)  新湊市長は、申立人に対して昭和五〇年八月一一日になした上記壬申戸籍の閲覧および謄本交付請求を拒否する処分が無効であることおよび上記壬申戸籍の公簿効力が現在なお存続することを確認し、上記処分を取消して申立人の上記壬申戸籍閲覧および謄本交付請求に応ぜよ。

(3)  国は、新湊市長が昭和四四年六月一八日付をもつて富山地方法務局長に対してした上記壬申戸籍廃棄認可申請の無効であることを確認し、同申請を取消して同申請前の原状を回復せよ。

との審判を求めた。

第3本件拒否処分の適否についての当裁判所の判断

1  申立人作成の戸籍閲覧および謄本交付請求書の記載では、閲覧および謄本交付請求の対象である明治五年式戸籍(いわゆる壬申戸籍)が、除籍であるのか原戸籍であるのか、またいつ頃の時期のものであるのか明らかではないが、申立人の第三準備書面第一の二の2(2)、第二の一の(2)ないし(6)の記載、昭和五一年八月一一日付申立の趣旨補正申立書の記載にてらすと、上記請求は、明治五年式戸籍であつて明治二〇年頃明治一九年式戸籍への改製によつて原戸籍となつたもの、および同じく明治五年式戸籍であつてそれより以前明治九年頃に行われたという改製により原戸籍となつたものについて閲覧および謄本交付を求めるものであると認められる。

そこで上記壬申戸籍の保存期間についてみるに、戸籍法施行規則第七七条第二項によつて現に効力を有する戸籍法施行細則(大正三年司法省令第七号)第五二条は「……旧戸籍法(注、明治三一年戸籍法)施行前の帳簿及び書類の保存期間は従前の規定による」と規定し、この場合の従前の規定である明治三五年司法省令第二一号身分登記戸籍及び寄留に関する書類保存規程第一一条は「第一条、第二条及び第五条ないし第七条の規定は戸籍法(注、明治三一年戸籍法)施行前の除籍簿、原戸籍簿、戸籍の副本、其他の帳簿及び書類にこれを準用す」と規定し、同規程第二条は原戸籍の保存期間を五〇年と定めているから、上記壬申戸籍の保存期間は五〇年である。戸籍法施行規則第七七条第三項第四項による保存期間の延長は、上記壬申戸籍には及んでいない。

記録中の昭和四四年六月四日付富山地方法務局長作成管内市町村長宛「明治五年式戸籍(壬申戸籍)の庭棄について(指示)」と題する書面写、昭和四四年六月一八日付新湊市長作成富山地方法務局高岡支局長宛の「帳簿書類廃棄許可申請」と題する書面写、昭和四四年七月一〇日付富山地方法務局高岡支局長作成の上記申請に対する許可書写によれば、新湊市長は昭和四四年七月一〇日頃その保管にかかる既に保存期間の経過した明治五年式戸籍全部についてこれを廃棄する旨の処分をおこなつたことが認められる。

従つて、申立人が閲覧および謄本交付を求めた壬申戸籍は、それがかつて存在したとしても、すべて保存期間が経過したものとして上記の頃廃棄処分されていると認められるのであり、廃棄処分がなされれば、物理的廃棄の有無に関係なく、当該書類は戸籍法第一〇条の適用を受ける戸籍ではなくなると解されるから、新湊市長が上記廃棄処分の後に申立人からなされた上記閲覧および謄本交付請求を上記理由で拒否したことに違法な点はないといわなければならない。

2  申立人は、上記壬申戸籍の保存期間に根拠を与えている戸籍法施行規則(昭和二二年司法省令第九四号)第七七条第二項は、戸籍法第一二五条による委任の範囲を超え法律による委任のない事項につき省令で定めたものであるから、戸籍法および憲法に違反する無効の法令というべきであり、この無効の法令を有効と前提してなされた上記廃棄処分もまた無効であり、従つてこの廃棄処分が有効であることを前提としてなされた本件拒否処分も違法なものであると主張する。

しかしながら、当裁判所は、上記省令の規定は戸籍法第一二五条の委任の範囲を逸脱してはいないと解する。即ち、戸籍法第一二五条は「この法律に定めるものの外、届書その他戸籍事務の処理に関し必要な事項は、命令でこれを定める」と規定するから、戸籍法に規定されていない事項で戸籍事務の処理に必要な事項はこれを命令で定め得るものであるところ、戸籍法は除籍簿、原戸籍簿等の保存期間についての規定を欠いているのであり、かつ、これらについて合理的な保存期間を定めることは、戸籍事務を戸籍制度の目的に則して能率的に処理するうえで必要なことであるから、これらの保存期間を定めることは戸籍法第一二五条が予定する委任事項に包含されるものといわなければならない。申立人は同条が「届書」を例示しているところから、同条による委任は戸籍法の規定を実施するための手続的、細則的なものに限定され、国民の権利義務に影響するようないわば実体的な事項には及ばないと主張するが、法律の規定を実施するための細則的なものだけであるなら、あえて法律による委任がなくとも命令はこれを定め得るのであるから、特に法律が委任規定を設けている以上、上記例示があるからといつて、戸籍法第一二五条の趣旨を申立人のように限定的に解するのは相当でなく、論旨は採用できない。

3  申立人は、除籍あるいは原戸籍の保存期間を定めた上記省令の規定は、国民の貴重な文化財であるこれら帳簿についてその廃棄ないし死蔵を許し、国民からその利用の機会を奪うものであつて、このような法令は、国民に対し幸福追求の権利を保障している憲法第一三条に違反し無効であると主張する。

しかしながら、除籍あるいは原戸籍が永久に保存、公開されることに対する国民の期待的利益は、憲法が具体的に保障する他の基本的人権と対比して、同様に基本的かつ重要なものであるとはとうていいえないから、これをもつて憲法的保護に価する権利と解することはできず、論旨は採用できない。

4  申立人はまた、上記省令の規定およびそれに根拠を有する廃棄処分は、専ら戸籍事務の事務量軽減をはかるものであり、これは国民全体の利益を犠牲にして、国民の一部である公務員の利益に奉仕するものというべく、従つて上記省令および廃棄処分は憲法第一五条第二項に違反し無効であると主張する。

しかしながら、除籍簿あるいは原戸籍簿に保存期間を定めることは、戸籍制度を制度の目的に則し、合理的、能率的に運営するためになされるものであり、戸籍事務の処理に当る公務員個人の負担軽減を意図するものではないから、これと異る理解を前提とする上記違憲の主張もまた理由がなく、採用できない。

5  結局、本件壬申戸籍の保存期間を定めた旧規定の効力を維持している戸籍法施行規則第七七条二項の違法、違憲をいう申立人の主張はいずれも理由がなく、従つて、これを前提とする本件拒否処分の違法の主張も理由がない。

第4なお申立人は、廃棄処分を経た壬申戸籍であつても、それが物理的に存在する以上、市町村長は地方自治法第二条第三項第一六号に基づく行政証明としてその謄本を交付する義務があると主張し、申立人の請求が上記行政証明を求める趣旨を包含するものであるかのような主張をするが、かりにそうであつたとしても、上記証明を拒否する市町村長の処分は戸籍事件についての処分とはいえないから、家庭裁判所はこれに対する不服申立事件を処理する権限を有しない。

第5よつて、本件申立を却下することとし、主文のとおり審判する。

(家事審判官 清水信之)

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